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日韓W杯 両国会長・監督に聞く
山本コーチ 代表チームの"生き字引"
監督と選手のパイプ役
トルシエ監督の就任とともに、補佐役の日本人アシスタントコーチとして代表チームを支えている山本昌邦コーチ(42)は、昨年11月、日本協会と日韓W杯まで契約を更新した。コミュニケーション不足が懸念された外国人監督と日本人選手との橋渡し役を任された2年余りを、「難しいことも多かったが、監督の厳しい要求を乗り越えてやってきたことはいい経験になった」と振り返る。
感情的で妥協を許さない<トルシエ流>は、日本人スタッフや選手との摩擦も生み、現場が"一触即発"の状態となることもあったが、「強烈な個性を選手にいい方向に影響させるため、自分がクッションになって、選手をフォローしてやらなければいけない」と心を砕いてきた。「選手やスタッフの考えを反映させながら、監督の方針をいかにチームに浸透させるか。自分の役割は大きいと思っている」
ジュビロの前身のヤマハで現役だった20歳代半ばごろから、指導者になることを目標にグラウンド外での勉強も続けてきた。昨年のシドニー五輪で32年ぶりに決勝トーナメントに進んだ日本代表では、若きイレブンの生き字引と言われた。それもそのはずで、彼らが日本代表として出場した世界ユース選手権(20歳以下)では、中田英(ASローマ)、松田(F・マリノス)が主力の95年、柳沢(アントラーズ)、中村(F・マリノス)がいた97年、小野(レッズ)、高原(ジュビロ)らで準優勝を果たした99年と、3度の大会を監督やコーチとして経験。そのシドニー五輪代表が現在の日本代表に多く入り、さらに川口(F・マリノス)、伊東(エスパルス)、服部(ジュビロ)らを中心にブラジルを破った96年アトランタ五輪の代表コーチも務めていたから、2002年を目指す選手たちをトルシエ監督以上に知る指導者と言えるだろう。
明るい性格で選手に接する、良き兄貴分でもある。日本がアジア王者として臨むW杯まであと1年5か月。「ホスト国の日本人としての誇りと自覚を持って世界を目指す。もうワンランク上の挑戦をしたい」と、強い意欲を示している。
2001年1月3日 読売新聞掲載