世界で得た経験をフィードバックしようにも、それを受け入れる器が国内になければ用を足さない。それにあたるシステムが、ナショナルトレーニング制度(通称ナショナルトレセン)である。全画を9つの地域に分けてトレーニングセンターを設置し、その下に47都道府県、そして市町村レベルにも地区トレセンを置く。このナショナルトレセンを頂点とするビラミッド型の育成システムの構築に最も尽力したのが、94年に強化委員長に就任した加藤久だった。
「トレセン組織自体は昔からあったわけですよ。ただ、世界で闘っていくうえで必要なことを、子供たちに直接指導する揚ができたという意味で、加藤さんの時代が転機になったんじゃないかと思いますね。以前はゲーム主体で、目をつけた子供を集めて選抜チームを作ったりしてました。そこからもう一歩踏み込んだ指導ができるようになったのは、日本が93年のU-17世界選手権のホスト国になったということもありますけど、やっぱリ95年のワールドユース出場が大きいでしょうね。それまで曖昧だった世界の基準が、実際に経験することで非常に鮮明になりましたから。
あの大会の日本は、ラウル(77年生まれ/レアル・マドリッド)に決勝ゴールを入れられました。日本とスペインは同じホテルでしたから、プールの周りを散歩したり、卓球したりして遊んでるスペインの選手を毎日見てるんですよ。“なんだ、普通の子供じゃないか”って思ってたら、1年後にはラウルはレアルのエースでしょ。日本の選手たちが“たいしたことなかったんだけどな”なんてボヤいてたから、“そのラウルにお前らやられたんだろ”って言い返してやりましたけどね(笑)。とはいえ日本のサッカーは、世界のサッカーの急成長を上回るスピードで成長してます。それは間違いないでしょう」
93年に日本で開催されたU-17世界選手権で日本の主力となったのが、中田英寿や松田直樹らだった。皮肉にもこの大会のイタリア代表には、ローマで・中田とのポジション争いが伝えられたトッティがサブメンバーとして名を連ねている。またイタリアの次世代GK、ブッフォン(78年生まれ/パルマ)の名もそこにはあった。山本が監督を務めた97年ワールドユースに出場した各国代表の顔ぶれにいたっては、来年のW杯で注目されると思われる新進気鋭プレーヤーの名を数多く見つけることができる。アルゼンチンのアイマール(79年生まれ/バレンシア)、ブラジルのアレックス(77年生まれ/パルマ)、フランスW杯で注目を浴びたイングランドのオーウ工ン (79年生まれ/リバプール)、またフランスのリストを見れば、トレゼゲ(77年生まれ/ユペントス)、アネルカ(79年生まれ/パリSG)、アンリ(77年生まれ/アーセナル)といった代表FWたちが惜し気もなく顔を揃えていた。
今年1月、つくば市で開催された国際サッカー会議に招かれたフランス代表のロジェ・ルメール監督は、「フランスが世界No.1になるまでの過程で、30年前に始まったユース世代の強化を抜きには語れない」と熱弁をふるったものだ。
ちなみに、この5月に日本のU-20代表が出場した「トゥーロン国際ユース」は、今年で29回目を数える。現代表GKのバルテス(71年生まれ/マンチェスター・ユナイテッド)やジダン(71年生まれ/ユペントス)は91年、テュラム(72年生まれ/パルマ)も翌92年の同大会に出場しており、ルメールが指摘する30年の歴史を象徴するような大会であることがわかる。サッカーの現場に携わる者たちは古今東西の別なく、ユース世代の強化に余念がないのである。
写真解説:ワールドユース後、中田は五輪代表、セリエAと確実にステップアップしていった(左上)。現在のフル代表でも攻撃的MFとして活躍する奥(右下)。
Tsutomu Kishimoto/PHOTO KISHIMOTO