―ひと烈伝
山本昌邦氏 [サッカー日本代表チームコーチ](3)
コーチになると、海外に行くたびにサッカーの戦術や指導書、ビデオの類をどっさり買い込んでくるのが常となる。洋書をヤマハ関連の翻訳会社に持ち込んでは、自前の日本語版を作ったという。
海外の知識といえば、日本にやってくる外国人監督が小出しにするノウハウを鵜呑みにするのが関の山。外国のマニアックなサッカーの指導書を翻訳して出す奇特な出版社が日本にあるわけもない。そうした環境の中で、山本は海外の最新の理論、手法を誰よりも早く摂取しようと努めた。
それをただ知識として詰めこむだけでは頭でっかちになってしまう。日本サッカーの恩人クラマーはかつて「日本の指導者の多くはオーガナイザーであって、コーチではない。時間割を作ってメニューを消化させるだけではコーチングと呼べない」と喝破したが、山本が強調するのも実地に人を動かして成長に手を貸し、目に見える形で成果を残すことの重さである。
筋道立てて説明し講釈を垂れても、チームや選手の成長という結果が出なければ、それはコーチングではなく単なるプレゼンテーションにすぎないという。それは常に現場に身を置いてきた山本の信念でもある。
アトランタ五輪で西野、現在はトルシエに仕えているため、ややもすると補佐役・参謀のイメージが強いが、97年の世界ユース選手権で日本をベスト8に導くなど監督としての手腕も評価されている。W杯が終われば、現在、Jリーグ最強のチームといえるジュビロ磐田の監督にいつ就任しても不思議はない。Jリーグ優勝監督の看板を引っ提げて、いつの日か、五輪や代表監督の座に就くことも十分に考えられる。
トルシエとの関係は現在、良好のようだ。初期の段階にはいろいろと感情のもつれがあったように見える2人だが、お互いにプロフェッショナルなコーチとして互いのよさを認め合うようになったのだ。時に頑迷に思えるトルシエのわがままも、見る角度を変えればどんな屈強にも方針を曲げないリーダーとしての強さと取れる。
山本にすれば、いろいろなタイプの上司に仕えることも、価値観が異なる相手ともきっちりコミュニケーションを取って仕事を進めることも、監督修行には有用と割り切った節がある。
「監督とは孤独な職業だ」と、その任についた人間は必ず口にする。中でも、4年に1度のW杯で、異様な注目を世人から集めるサッカーの代表監督が受ける重圧は半端ではない。
トルシエも、そして選手も、これから大きなプレッシャーの渦の中に身を投じるわけだが、両者の橋渡し役として山本が果たすべき役割も大きくなるに違いない。
93年にJリーグが開幕する直前、日本代表監督だったオフトは情実人事の多い日本のサッカー界に対して「人間への義理ではなく、仕事への義理を果たせ」とプロフェッショナルな価値基準の必要性を語ったことがある。山本とトルシエの関係は、まさにそれ、という気がしないでもない。
人間関係の居心地の良さや好悪の情を土台にするのではなく、能力を認め合って一緒に仕事をする。これもプロ10年目を迎えた日本のサッカー界の1つの成熟の証しなのかもしれない。
日経ビジネス 2002.5.6号掲載